流派流派2

突き・蹴り・当身・逆・投げ・固め・絞めといった古来から伝わる日本伝統の体術技法を持つが、それらは昨今流行する総合系格闘技とはまったくコンセプトを異とするものであり、古来より伝承される<武>の伝統に連なる術である。格闘技は、今日においてスポーツ競技の枠内でとらえられるものであり、そこに現象としての死命を賭する勝負構造は認められない。スポーツの世界には一度負けても次の機会がある。しかし、武術では、勝負は勝ってこそ意味があるのであり、一回負ければ終わり、つまり死を意味する。 不二流体術の特徴は審判のいない、即ちルール不在の中で行われていくというのが前提にある。 その為に慎重さと大胆さを兼ね備える事が必要であり、且つ人間の生理に沿った身体運用が求められる。 体術の名人と言われた井上鑑昭が、鎌倉時代より伝わる家伝の柔術と平法学を基礎とし、全国の剣術、槍術、柔術などの道場を武者修行後に一位流として合気武術を教授し始める。 その後、一位流から親和体道となり後に親英体道となる。 親和体道から名前をとり、親和会・代表として井上鑑昭の代稽古を務めていたのが、不二流体術・開祖・古賀不二人であった。昭和25年より警察予備隊(後の保安隊→陸上自衛隊)発足と同時に横須賀市に於いて指導。横須賀市警察署に於いて指導。大阪警視庁に於いて指導。金沢市警察署に於いて指導。海上保安大学校に於いて指導。舞鶴海上保安学校に於いて指導。呉海上保安学校に於いて指導。徳島市警察署に於いて指導。合気道・開祖・ 植芝盛平の直弟子であった講道館柔道出身の柔気流宗家・八木不動との技術交流も盛んに行われた。柔気流の技は八木不動から大嶋竜太郎に伝えられた。不二流体術・開祖・古賀不二人の埋もれた技、伝承し得なかった技や稽古法を第三代宗家・大嶋竜太郎が現代に蘇らせ、研究研鑽を重ね、結集化、純粋化させた。古武道・古武術の流れを継承している真の合気武術は、現在、第三代宗家・大嶋竜太郎によって門下生達に伝えられている。

最高段位は五段。段位とは別に資格として教授補、教授があり、称号としての師範がある。

 

 

 

不二流体術 系図

不二流体術の理合・戦闘理論

流派1不二流体術の戦闘理論は極めてシンプルである。「敵の攻撃に合わせて体捌きしつつ、一歩前に出る」実は、たったこれだけのことなのである。 しかし、たったこれだけのことなのだが、それが至難の技であることは、稽古してみればすぐに理解できる。 たとえ、約束組手であっても、思いきって攻撃してくる相手に対して交叉法により、自然に反射的に体捌きして入り身するということは、相当な修練を必要とする。 技術的テーマとして、「圧倒的な体格差をどう埋めるか?」という命題への解答として、「敵に密着して体勢を崩す」というものがある。この体格差というものは、格闘技の世界ではどうにもならないものとする解答が定着している 。しかし、日本や中国の武術の世界では、小柄な体格でも巨漢を翻弄して名人達人の名をほしいままにした武術家は決して少なくない。不二流体術では、交叉法で敵の体勢の死角に密着していき、自らの体を合わせて敵の重心を奪う、その方法論は種々あるが、代表的なものは首を狙う。つまり、頚椎をひねり折りつつ一気に敵の重心バランスを崩してしまうのである。こうすることによって、いかに体格差があろうとも、こんどは逆に、その巨体を持て余してしまうことになる。 不二流体術は、力に力で対抗するのではなく、力を技で封殺するための極めて合理的な戦術を備えている。不二流体術の攻撃技の特徴としては、それが敵の息の根を止めるところまでを強く意識したものであるということが言えるであろう。関節を極める技は、固め技とするものが武道でも格闘技でも一般的だが、不二流の場合は、むしろ瞬間的な砕き技である 。当身技も、通常の打撃技よりも、古流柔術の当身や古伝骨法術の打撃、更に中国武術の秘伝ともいわれる寸勁と同質の、一瞬に重心を集中して打ち込む「重い打撃」であり、拳・掌・肘・指尖といった部位を用いる。絞め技の場合も、絞めるというよりも、交叉法で体を合わせて瞬間に、喉を擦過するように絞め潰すような殺法を秘蔵しているが、そのコツは極めてきけんであるため、高弟への口伝でのみ教えられている。不二流体術でよく用いるのは、短刀術と棒術である。 これらは、体術の応用技法として組み立てられたものであり、特に短刀の代わりに短寸の袋竹刀を用いる奪刀術の稽古方法が体系化されている。 ※参考書籍:不二流体術 壮神社発行